So-net無料ブログ作成
検索選択

intermission  きたなシュラン「青島食堂」 [in 沖縄本島]

過去2回、歴史の堅苦しい授業(何が授業だ)が続いたんで、今回はちょっと休憩(笑)

 

フジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」の人気コーナー、

店構えは汚くて本家ミシュランに載るような店ではないけれど、出てくる料理は最高!!

という店を紹介する、「きたなシュラン」。

 

4月15日にそのコーナーで放送され、見事三ツ星を獲得した那覇市内の「青島食堂」。

テレビだけの評判じゃ信用できないんで、周りのうちなーんちゅの先輩に聞いたら

確かにあそこは美味しい、ということだったので行ってきました。


あの番組を見たことない人には何それ?の世界でしょうけど、今回はお気楽な内容なんでお付き合いください。


 
  

まず店構えはこんな感じ。

この写真だけ見たらなんかつぶれてると勘違いしちゃうような感じですよね。なお、隣は本当につぶれてました(笑)  

この写真だけ見ると、ホントに営業してるの?と思っちゃいますね。

行ったの、日曜日の昼間だったんですけど、ドアの所の張り紙見たら、
・日曜休業        (T_T)
・営業時間 18:00~ 
(T_T)(T_T)
その日はすごすごと帰ってきました(前もって営業日位調べておけって)



ちなみに、向かいはつぶれた映画館でした。関係ないですね(笑)
市内の一等地なんだから新しいビル建てればいいのにね。









改めて、平日の夜8時頃に再訪問。横の自販機が異様にまぶしい(笑)
この写真だと明るいですけど、実際には結構暗くて、前まで行かないと営業しているのか不安でした(笑)



店の中はこんな感じ。
土曜日に行ったら、可愛い女の子がウェイトレスやってたんですけど、平日は親父さん一人でした。
確かに、きれいな店、って訳じゃないですけど、別に汚くはなかったです。

それに沖縄では、観光客向けじゃない、地元向けの店ならこんなものです(笑)


 
  

頼んだのは、まず、名物水餃子10個で500円と、沖縄名物(笑)オリオンビール500円。

水餃子、小さめなんで一口で食べられます。
ちょっと厚手でもちもちの皮に包まれた水餃子。
中の餡はたぶん豚肉、白菜、ネギ。下味はあまりついてないんであっさり味。
ウワサどおり美味しゅうございました。
結構ボリュームがあるんで、女性ならこの一皿でお腹一杯になるかも。




こちら、魯肉飯(ルーローファン)250円。
水餃子も美味しいけど、この魯肉飯が自分は気に入りましたねー
豚肉とネギを細かく刻んで炒めた物をご飯にかけた小丼です。
八角の香りがいかにも台湾、って感じでこれも美味しかったですねー。
ただ、八角の香りは独特なんで評価が分かれるかも。





こちら、ビール、チャーハン、水餃子の黄金トリオ(笑)
チャーハンは、まぁ普通でした(笑)
当然、魯肉飯とは別の日に行ってます。
チャーハンが500円なのでこれで1500円ですね。
上に書いたとおり、水餃子のボリュームがあるんで、これ全部だとかなり腹一杯になりました。




店の中には、きたなシュラン関連のものが。
番組の認定証と、トロフィ(本家ミシュラン君のパクリですね)
上のエアコン吹き出し口がきたなシュラン?(笑)  番組のゼネラルプロデューサー、石田さんです


壁にはペレのサインが(当然、書いたのは木梨です)
周りのポスターは古いのばかりでしたね  これは入り口の上のところに書いてありました


今回、都合3回お店に行きましたけど、3回とも観光客のカップルが来てました。
放送して1ヶ月以上経つのに、やっぱあの番組人気あるんですねー。
ちなみに、番組のHPには過去に放送した店の紹介とかは一切ないんです。


沖縄に旅行来て、沖縄料理に飽きたらここに来てもいいかもしれないですね。

ご参考までに、青島食堂のブログはコチラです。
http://qingdao.ti-da.net/e3003287.html



ということで今回はこれまで。


ではまた。



やっぱこういうお気楽の方がいいや




沖縄探訪その3  「琉球処分」って何? [沖縄探訪]


誰もいない海~
この写真、今回の記事には全く関係ありません。記事にあった写真が無いんでね。




「琉球処分」

この言葉、日本史ではおそらく出てこないはずなので、知らない方が多いんじゃないですかね?
自分も沖縄に来るまでは全く知りませんでした。

ということで、思いつきで始めた沖縄探訪、第3回は「琉球処分」です。

なお、今回は内容に合った写真がないんで文章ばかりです。読むのがメンドーな方は適当にスルーしてくださいね。




前回は薩摩侵攻によってその軍門に下った琉球王国の話でしたが、その続きです。

中国と日本の狭間で、うまくバランスをとりながら独立した国家として存続してきた琉球王国ですが、19世紀末に終焉を迎えます。

1868年、日本は江戸時代が終わり明治に移り、1871年の廃藩置県で薩摩藩は鹿児島県になります。
これによって日本は地方分権国家から強力な中央集権国家になり、琉球王国を支配するのは薩摩藩(鹿児島県)から明治政府に移行しました。



      実は明治維新よりこの廃藩置県の方がものすごいドラスティックなことでして、
      極論すれば、明治維新は自民党から民主党に政権が変わっただけ、みたいなものなんです。
      民主党に代わっても明確な政策は打ち出せず、日本はほとんど変化がありませんが、この廃藩置県は日本の体制を根本的に変える制度改革だったんです。
      江戸時代、各藩は権力をもって藩を経営してましたけど、廃藩置県によって藩の権力を全て取り上げ、明治政府に権力を集中させたんですね。
      さらに政府に反旗を翻さないよう、藩主はすべて東京に強制的に移住させられます。
      こうして、中央集権で日本の総合的な国力を上げることによって、欧米列強国と対抗して行こうとしたんです。
      世界各地が欧米の植民地と化していた19世紀後半、おそらく正しい行動だったのでしょう。
      (えらくまじめな日本史の講義だな・・・・)



1872年、「琉球は日本の領土なんだよ」という明治政府の主張の元に琉球藩が設置され、鹿児島県の管理下に置かれました。
その後1879年に琉球藩は廃止され、沖縄県が設置されました。
尚さん一族が支配して450年続いた琉球王国はここで幕を閉じました。これを
「琉球処分」といいます。
琉球王国の最後の国王、尚泰(しょう・たい)さんは他の藩主と同様、東京に強制的に移住させられ、その後は侯爵として過ごされたそうです。


      なお、世界的に見ても、同じ王家が支配し450年もの間続いたのは最長の部類に入るようですね。






この話は、ここで終わりません。

1872年の領土宣言に対して、琉球王国とつながりの深かった隣国の清から「琉球を勝手に日本に併合するんじゃねぇよ」、と強い抗議があり、
明治政府は「宮古、八重山はあんたにやるからまぁ勘弁してくれや」ということでケリをつけようと談合してたそうです。

清としては、「そんな程度じゃ納得できん」と話し合いは長引き、最後には米国大統領が仲裁(*1)に入って、
最終的には日本からの提案どおり、宮古、八重山の島々(とそこに住む島民)を清に渡すことでケリをつける、ってことになったそうな。
(どこにも琉球王国の方々の意向は反映されてないですね)
でも、1894年に日清戦争が勃発しちゃって話し合いは中断し、戦争の日本勝利によって宮古、八重山の
譲渡の話はなかったことになっちゃいましたとさ(戦勝による領土分割で台湾が日本領土になっちゃいましたしね)


   ※1
    ここ、重要なポイントです。
    以前記事で紹介した、1853年のペリーの琉球来訪に見て取れるように、米国は琉球王国を日本とは別国としてしっかり認識してるんです。
    第二次世界大戦後、米国は沖縄を占領しましたけど、「琉球は日本に同化された異民族である」、というのもその根底にあったんです。
    なので琉球を日本から切り離すことを考えていたようです。まぁ、おそらくサイパンのような統治領として支配したかったんでしょうけど。
    その後1950年に朝鮮戦争が起こり、沖縄は極東の最重要軍事基地という位置づけになり(現在の普天間基地問題の根幹です)、
    基地強化のために米軍による土地の強制収用が起こります(沖縄本島の10%の面積が米軍基地になってます)
    さらに1952年、米国は琉球政府を設立し、琉球政府を米国の傀儡政権としてコントロールしようとします。
    それらに怒った人々を中心にやっぱ米国じゃダメだ、ということで日本復帰運動が高まり、1972年の本土復帰につながるんです。


話はそれますが、今、世界各地で民族紛争が起こってます。
キャスターと名乗ってるのに何も分かってない底の浅いヤツラがニュースで「日本は単一民族国家ですから」
などと言ってるのを時々耳にしますが、その都度「あんたらもうちょっと歴史を勉強しろや」と思ってます。
 




日清戦争がなかったら、宮古、八重山は中国の領土となり、この宮古島の前浜ビーチもパスポートがないと行けなかったんですねー。
前浜ビーチ

また、日清戦争で日本が負けてたら、もしかしたら沖縄全体が中国の領土になっていたかもしれないんですね。 






大筋では間違ってないんですが、どうしても文章中心になっちゃうし、堅苦しさが抜けないですね。
こんな話に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。





ではまた。


nice!(48)  コメント(34)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

沖縄探訪その2  薩摩侵攻 [沖縄探訪]

昨日の最低気温25℃。と今年も暑くなってきている那覇です。
まだ何とかエアコンを使わずに過ごしてますけど、いつまで我慢できることやら。。。





 


さて、思いつき出始めた沖縄探訪、第2回は「薩摩侵攻」です。

沖縄県は昔は琉球王国であり、日本とは別の国だったことは皆さん知ってるかと思います。

まず、その辺のごく簡単な歴史から。


12世紀頃までは明確な国家という存在はなかったようですね。
13世紀頃から、富と権力を持った指導者は各地にグスク(城)を築いて周辺地域を支配するようになり、
お互いが勢力抗争を広げてました。
14世紀の南山、中山、北山の三山時代を経て、
1429年に三山とは別の勢力であった尚巴志(しょう・はし)さんが
三山を滅ぼし、沖縄本島を統一して琉球王国が成立しましたとさ。

以上です。(これだけかい?)


こちら、北山の拠点だった今帰仁(なきじん)城の跡地です。世界遺産に登録されてます。

 DSC09823.JPG


P6210279.JPG
このような城跡は沖縄本島内あちこちにあります。



   なお、沖縄で見られるグスクは、「城」という漢字をあてるので内地の城と同じと思いがちですが、
   内地の城は軍事拠点で指揮官の居所であったのに対して、琉球王国のグスクは軍事拠点ではなく、
   単に王の住居、もしくは斎場としての役割だったようです。





その琉球王国ですが、東シナ海に位置するという地の利を生かし、
人口十数万人という小国ながら中国、日本、東南アジア間の中継貿易でそれなりに繁栄してました。




こちら、王様の尚さんちだった、首里城。
DSC08216.JPG


こちらは、尚さんちの玄関だった(違う)、守礼門。
DSC08283.JPG
でも首里城外の楼門のひとつだから、玄関っていう表現は全く間違ってる、って訳じゃないかな?









それから百数十年、日本は室町から戦国時代を経て、江戸時代に移行。
戦乱が終わって平和な時代になりました。
そんな中、薩摩藩は1609年、琉球王国に侵攻します。
これを

「薩摩侵攻」
といいます。
侵攻に到るまでの背景には、秀吉の朝鮮出兵辺りから色々と伏線があったようですね。

 

 

戦国時代を生き残った薩摩藩の攻撃力には歯が立たず、琉球王国は薩摩藩の軍門に下り、ミツグ君(死語だな)になったものの、
滅ぼされることは無く、独立した王国として存続しました。


 

薩摩藩が琉球王国を滅ぼさなかったのは諸説ありますが、鎖国中の日本(実際の鎖国はもう少し後ですが)で中国(当初は明、その後は清)と
貿易できるのは長崎に限られてたんで、薩摩は琉球王国を介して中国との貿易をしたかったようです。

なので、琉球王国は薩摩に搾取されまくり!!、のミツグ君、ではなく、

薩摩藩からお金を受け取り、中国製品を買って来るパシリのような存在だったようです。



琉球王国は薩摩藩の軍門に下ったとはいえ結構したたかで、わざと粗悪品ばかりを買い込んできたり、

「中国でサギにあって預かったお金を全部取られた」というウソの報告をするなど、
色々と抵抗してた、ということが薩摩側の資料に残っているそうです。


 

とはいえ、薩摩藩は琉球王国からの貢物で潤ったのは事実で、その利益は幕末の討幕運動の時、西郷どんの財力となったようです。

(薩摩藩は石高は多かったものの、シラス台地のために実際の米生産量は石高ほど高くなく、琉球からの貢物がなければ窮乏してたみたいですね)





かたや琉球王国も、薩摩と中国の間で両方の文化を吸収し、独自文化を育てて行きました。
その文化の一例はこんなもの。

1.豚肉:中国の使者接待のため、王府が養豚奨励。
豚肉.jpg
牧志公設市場に置いてあるホンモノです。




2.サトウキビ:日本へ輸出する特産品として王府が生産奨励。江戸時代、砂糖は貴重品でしたからね。
サトウキビ畑
こちら、植えたばかりのサトウキビ畑。ここから1年半育てて刈り取ります。



3.泡盛:中国、日本両国への献上品として王府が管理。
泡盛
先日も紹介した幻の泡盛、「泡波」です。



今の沖縄文化の基礎がこの時期に作られたんですね。  

去年2009年は侵攻から区切りの400年ということで那覇市内で展示会をやってました。
(さすがに侵攻なんで400周年記念、とかという表記じゃなかったですが)




そんな琉球王国と薩摩藩の関係は幕末まで続きますが、明治維新とともに大きな転機を迎えます。




沖縄探訪、次回に続きます。


(なんか、歴史の教科書みたいになっちゃいましたね)
 









 

<  Smooth Criminal?  >


今回はガテン系ブログ [others]


P5110322.JPG

さて、この写真は何を撮ったものでしょう?











先日、九州某所にある某造船会社(諸事情により名前は伏せます)で建造中の貨物船の中に入る機会がありました。
P5100252.JPG
全長170m、重量1万トン超の大型内航船です。最初の写真はその船内を撮ったものでした。
中は溶剤の臭いが充満してて、非常に快適でしたね(笑)




ということで、普段めったに見ることが出来ない、建造中の船内をご覧ください。
興味ない方は適当にスルーしてくださいね。


なお、今回は非常に危険な場所、ということで普段の革靴とスラックスではなく
P5110326.JPG
作業着に安全靴。まぁ当然ですね。




それぞれの写真についての説明は省きます。かなりマニアックな専門的な話になっちゃうんでね。
説明して欲しい方は連絡ください。



P5110361.JPG

P5100267.JPG

P5100276.JPG

P5100280.JPG

P5100282.JPG 

P5100283.JPG

P5100285.JPG   P5110357.JPG


P5100278.JPG



個人的には非常に満足できました。めったに見れるもんじゃないし、こういうガテン系の職場、もともと大好きなんですよねー。











<  おまけ  >


うちなーガイドその10 世界遺産の玉稜と日本道百選の金城町石畳道(お勧め度低) [うちなーガイド]

何やかやと10回目を数えるうちなーガイドです。その中で過去に守礼門と首里城は2回紹介してます。
第1回昼編 →   
第2回夜編 →  
今回はそこから歩いて行ける、輝く世界遺産の玉陵(たまうどぅん)と日本道百選に選ばれた金城町石畳道です。
と書きつつ、実はあまり乗り気じゃないんですけどね(笑)





1.まず玉陵(たまうどぅん)

こちらは、琉球王国の王家である、尚(しょう)さんちの方々が眠っておられるお墓です。
1501年に作られ、一応世界遺産になっているそうです(身も蓋もない書き方だ事)
DSC01823.JPG

世界遺産なんで、200円の入場料を払って中に入ります。

まず、一番手前。右に見える門から中に入ります。
DSC01831.JPG

入ると、中庭があり、真ん中にもう一度くぐる門があります。
DSC01834.JPG

二つ目の門をくぐった正面が墓室です。
DSC01835.JPG
正面に3か所門が付いてますけど、真ん中は洗骨前の遺骸の安置所、両側が骨壷を安置してるところだそうで。

   *洗骨とは? 琉球王国では、亡くなった方を土葬し、何年か経って白骨化したら骨を洗って骨壷に入れ、再度埋葬します。
            それを洗骨というんだそうです。
            この風習は与那国島だけが今でも受け継いでます。そのことを過去記事に書いてますが(  ←この時の追記にあります )、
            その時の状況を考えるとホラー映画真っ青です。半年後くらいのなんて想像もしたくないですね。



横浜にも観光地の一つに外人墓地がありますけど、個人的にはお墓を見てどうするの?という思いが基本あるんです。
ここ玉陵も世界遺産とはいえ、ま、ヒマだったらちょっと寄ってみては?っていう感想ですね。
別にお墓見ても何も面白くないしー(バチあたりそうだな)





2.金城町の石畳道

1522年に首里城から南に下るために作られた道だそうで、今でも当時の石畳が残ってます。
DSC01815.JPG
正直、500年前の石畳なんで、凸凹で歩きにくいったらありゃしない(笑)

まぁ、でも結構いい雰囲気ではあります。
DSC01799.JPG
写真じゃ分かりにくいけど、結構な急坂なんです。
距離は500m程なんですが、行きの下りはまだいいけど、帰りの上り坂がきついきつい。

DSC01788.JPG
一番下まで下るとこんな看板があります。
ここまで来ると帰りはタクシー使って戻りたくなりました(笑)
実際そういう人もいるんでしょう。ここでタクシーが待機してましたね。


そんな急坂ですから、当然ながら途中休憩所があります。
DSC01797.JPG
しっかりここで休憩しました。


あと、この石畳道の途中に、NHK「ちゅらさん」の舞台となった家があります。
DSC01814.JPG

以前紹介した、小浜島の方はこちらです。あのドラマ見てなかったんで上の家とどういう関係なのかはシリマセン(笑)
こはぐら荘.jpg
両方とも一般民家で一般人の方が住んでます。
なので、門の前で写真を撮るだけにしましょうね。


こちら、門に鎮座しているシーサーです。
DSC01821.JPG


途中にいた、モンシロチョウ。でいいよね?(誰に聞いてる?)
DSC01785.JPG
自分の腕ではこれが限界ですね。


あと、横道にそれると、他に見どころもあるらしいです(テキトー)



ガイドブック向けの提灯記事書いてる訳じゃないんで、少々辛口のコメントをお許しください<m(_ _)m>





おまけ

今使ってる携帯(auのSH005)には歩数計が付いてて、歩数、歩行距離、消費カロリーが出ます。
この日はとにかく歩こう、と決めて、自宅から首里城までの往復を含めて全て歩きました。

その結果がコチラ。
P5090215.JPG
総歩行距離23km。よく歩いたもんだ。

でも、これだけ歩いても脂肪燃焼量たったの83.8g。そりゃ簡単には痩せない訳だわ。





<  プチオフ会しました  >


nice!(62)  コメント(43)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

GW in Yokohama [in 横浜]

ニュースや天気予報で聞いたかと思いますが、5月6日に沖縄地方は雨季に突入しました。
(沖縄の場合、梅雨より雨期と書いた方が似合うと思う)
これから6月下旬までの1ヵ月半、ムシムシジメジメの日が続きます。
雨期が終わったらカンカン照りの夏なんで大して変わらないんですけどね(笑)



さて、今年のGWは、4月29日から5月5日まで1週間お休み。
当然ながら横浜の自宅に帰っておりましたが、どこかに旅行することもなく、家の近所をうろうろしてました。
なのでたいした写真も撮らなかったんですけど、その中から何枚かを。





1.
インターコンチネンタルがこの角度で見れる場所、どこで撮ったかわかります?
インターコンチネンタルホテルと横浜港。
この日は午後2時頃から友人たちとワインを飲んでて、この写真を撮ったのはデータを見ると夜の9時過ぎ。
ということは7時間ほど飲み続けた後だったんですね。
この時は5人で飲んでて、ワインを何本空けたんだろ?
最後の方はキオクが定かではないんですけど、楽しい酒でした。Fさん、色々とお世話になりました。





2.
実は川崎大師に行ったのは初めてだったりする
初詣の参拝者人数が全国ベスト3に入る川崎大師。
ちょっと時期はずれですけど、参拝に行ってきました。



提灯になんて書いてあるのか、誰か教えてください


川崎大師で有名な食べ物といえば、こちら久寿餅(くずもち)。
くずもち、といいつつ、一切葛は入ってないんですよねー。サギじゃないの?
やはりうちの娘はまだ色気より食い気でした。(口にしてるのは近くで買った煎餅)


久寿餅はこんな感じです。店で食べる時は黒蜜と黄粉はかけ放題。
P5020193.JPG
これで一皿350円だったかな?
うちの嫁さんと娘はこれ大好きです。自分は食べませんでしたけど。





3.
2,3年生合同でやったんですけど、全員女子。1年に2人男子が入ったそうですけど、続くかな?
以前にも記事にしてますけど( →  )、長女は中学でジャズバンド部に入ってて、GW中に定期演奏会がありました。
半年振りに聴きましたけど、皆かなり上手くなってましたねー。

相変わらずヘルメット頭です(笑)
うちの娘も結構上手くなってました。

今後夏の全国大会出場に向けて予選があるんだそうです。チバリョー。勉強もな(笑)





4.
ちなみにこのマンゴーパフェで1365円でした(T_T)←目を隠すと可愛く見える(笑)
ヒマしてた次女を ムリヤリ 連れて買い物した帰りちょっと休憩、と。

自分が頼んだのはハーブティーでした。
行った店はコチラ。娘が食べたのはマンゴーパフェ。贅沢な(笑)




おまけ
P5020192.JPG
うちの次女。体がやわらかくて頭と足が付きます。将来は中国雑技団か?(笑)
(でもなぜか立位体前屈は苦手だったりする。なぜ?)



しかしまぁ、こう並べても何にもGWらしさはないですねー。



<  総閲覧者数累計20万突破しました  >


果てのうるまへ その3(最南端編) [in 離島]

GW中は横浜の自宅に帰ってて、先程沖縄に戻って来たんですけど、その間、ブログはほとんど開店休業状態で、
皆さんのところへの訪問もほとんど出来てませんでした。申し訳ありません。m(_ _)m



 
 

さて、波照間島編、最後になります。

最南端の島にちなんで、最南端のものを集めてみました。
まぁ、波照間島にあるものは全てが「最南端」なんですけどね(笑)



まず、給油のために寄った、日本最南端のガソリンスタンド。島内にはここ一箇所しかありません。
P4210089.JPG

普通のSSは地下タンクに燃料を保管してるんですけど、ここは計量器の横に小さいタンクが置いてあります。 

壁には波照間PSと書いてあります。


普通のガソリンスタンドはSS(サービスステーション)なので、PSって何?って聞いたら

ポータブルステーションの略だそうです。(要は簡易スタンド、ってことですね)





最南端の製糖工場、波照間製糖。
製糖業は波照間で最大の産業ですからねー。
左の山は、刈り取られて、絞られるのを待つサトウキビです。



 

最南端の飛行場、波照間空港

P4210138.JPG
2007年を最後に定期便は無くなり、閉鎖されてます。

でも、行ったときには補修工事をしてましたね。緊急時には必要なんで整備してるんだそうです。




 
 

最南端の風力発電所

与那国にも風力発電があるんですけど、3年ほど前の台風で倒れちゃったんですよ。設計上は風速80mまで耐えられるはずだったんですけどね。その後与那国の方は100mの風まで耐えられるものに建て替えられました。
風で倒れたわけじゃなく、強風のときの倒壊防止に可倒式となってるんだそうです。

可倒式は日本で初めてらしいですね。

2基ありますが、両方稼動すれば波照間島の発電量の半分近くをカバーできるそう。エコロジ~。




P4210099.JPG
間近で見ると大きいですよー。





 
 

こちら、最南端の客船ターミナル。
P4210164.JPG

 
  

この中には最南端のそば屋、海畑(イノー)があります。
P4210165.JPG


こちら、海畑のソーキそば。

ここのを食べたのは2回目ですけど、スープが絶品です。
この2年間、あちこちで沖縄そばを食べてますけど、個人的にはここのが一番美味しいと思う。
沖縄そばが好きな方は、ぜひここのを一度食べてみてください。


あと、ここなら前に紹介した幻の泡盛「泡波」が1杯300円とリーズナブルな価格で飲めますよん。

P4210152.JPG
分かりにくいですけど、上のイノーの「イ」の下の方に泡盛泡波300円と書いてあります。



海畑においてある、コーレグース(泡盛に島唐辛子を漬けたもの。沖縄そばに入れると美味しいですよ)
P4210151.JPG
泡波の瓶。中身に泡波使ってるのかな?
だとしたら、日本で一番高価なコーレグース、ってことになるな。




日本最南端に鎮座する仙台四郎さん。
P4210156.JPG
    仙台四郎とは?   仙台では有名な、福の神。明治時代に実在した人物だそうです。
              飲食関係の
福の神として、仙台市内の飲食店には必ずの写真や像が飾ってあります。




最後に、海畑の隣の土産屋「あだん」でしか売っていない
大きさはB5程です。
日本最南端証明書。

お約束ですけど買っちゃいました。
確か300円でした。(相変わらず鳥頭で記憶力が欠如してます)






以上で、波照間島の記事は最後となります。


沖縄で数々の離島に行きましたけど、個人的にはここ波照間島が一番お気に入りです。
一度はプライベートで泊まって、昼間は北浜で泳いで、夜は満天の星を見てみたいものですね。
その日に雨に降られたら最悪ですけど(笑)




ということで今回はこれまで。


ではまた。

皆さんの所へは明日に、ということでオネガイシマス<m(_ _)m>






この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。